在宅緩和ケアという選択 [看取り]

先日、70歳代の男性が、自宅でご家族に見守られながら、安らかに息を引き取られました。

ご本人・ご家族ともに希望された、“在宅での看取り”でした。

 

去年の11月、「余命2ヵ月」と医師から宣告されたこの方は肺癌の末期で、癌細胞はすでに脳と胃に転移していました。

 

私たちが面会にお伺いしたときには、すでに一人では食べる事も話すこともままならぬご様子で、誰もが「余命2ヵ月」という言葉を疑いませんでした。私たち緩和ケアチームはご自宅で最期を迎えていただくべく、退院の準備を進めていきました。

 

しかしそんな中、在宅医の先生がある時レントゲン写真を見て、こう言われたのです。「立てないのは癌のせいじゃない。心が折れたからだ」と・・・

 

「心が折れた?じゃあ、自宅に帰って心が元気を取り戻せば、立てるようになるの?」・・・私たちは、半信半疑でした。ベッドの上で、まったく動く事ができずにいるこの方が、まさか立てるようになるとは、どうしてもその時には思えなかったのです。

 

自宅に帰って、懸命のリハビリが始まりました。幸い意識がはっきりとして来られ、そのうちに食欲が出て、無表情だった顔に笑顔が戻っていきました。

 

末期癌で寝たきりの方に行うリハビリです。初めは人に支えてもらってベッド横に座るところからでした。座れるようになったら、次は立ち上がる練習。立ち上がれるようになったら、次は歩行器で1歩だけ歩く訓練・・・

そうして、この方はなんと歩行器を使って10メートルも歩く事ができるようになられたのです。

 

あの時の「立てないのは癌のせいじゃない。心が折れたからだ」と言われた先生の言葉は、嘘ではありませんでした。歩いた時に私たちに見せてくれた、あの嬉しそうな表情!そして、そんな様子を見て、手を叩いて喜び合った緩和ケアチームのメンバーたち!

 “自宅”という場所には、なんだか、人を元気にする魔法のようなものが秘められているような気がします。

 

この方も退院を決断されなかったら、きっと余命2ヶ月で亡くなられていたでしょう。退院を決断されたからこそ、それから9ヶ月のあいだ、自宅でご家族と共に温かい時間を過ごす事ができたのだと思います。

 

末期癌の治療は、病院でしかできません。しかし、緩和ケアは、在宅でも受ける事が可能です。“せめて人生の最後は、自分の好きな場所で、自分の好きな人と一緒過ごしたい”そんな、ごくあたり前の願い・・・叶えたいですよね。

 

退院という選択肢もある事を、もっと世の中に広めていきたい・・・それが、私たちの願いです。