いくのの道の遠ければ

「大江山、いくのの道の遠ければ、まだふみも見ず、あまの橋立」 

 

歌の上手な小式部内侍(こしきぶのないし)は、「母親に歌を作ってもらってるんじゃないか」と言われて、即座に返します。

「大江山も遠くて、母の手紙なんてぜんぜん届きませんよ。わたしはわたしの歌を歌っているのみです」


Aさんの昔話にこの歌のことがよく出てきました。

「これが、わたしの歌ってずっと父に言われてたよ。家族で百人一首をするときは、私がこれを取れるようにみんなちゃんと待っててくれたのよ」と、話してくださいました。 
ほんとにこれがAさんの歌でした。 
小さな自己決定と大きな自己決定を繰り返しながら、自分の人生を生きてきた人の歌です。潔いのにとても軽やか。そんなAさんの歌でした。 

「もう数日の命だから。会いたい人は会いにきてくださいね」 
老人ホームの小規模多機能のスタッフさんから連絡があって、最期のご挨拶に伺いました。 

細くなった手を握って「大江山」とわたしが言うと、目をつむったまま唇がうごきました。「いくののみちの遠ければ」。 
「まだふみもみず」とわたしが言うと「あまのはしだて」。 
はっきりとはっきりと唇が動きました。 

おおおおお。 

ヘルパーで入っていたのはずっと昔、なのに最後の最後に連絡くださって本当によかったです。 
とっても私たちらしいお別れができました。 

いろんなことを話してくれてありがとう。 
ときどき愚痴も聞いてくれてありがとう。 
またいつか会いましょう。 

 

                  御井町ケアプラン 古賀由紀